寄稿
平野 学   猫隠し

 部屋の模様替えをしようと、ときには長椅子や家具などの配置を換えてみたりすることがよくあります。そんな折、家具の下の小さなすき間が久しぶりに日の目を見る瞬間が、私の心に期待をこめた小さなときめきをくれます。
 家具の下から現れる物は、ほとんど小さなゴミばかりですが、ペットボトルのキャップやワインのコルク栓、丸めた紙くずなど、見るたびに、よくもまあこんなにいろいろなものがそこに眠っていたものだと驚かされます。我が家の居候、いたずら猫の「なすび」と「とまと」の仕業です。
 こいつら、ときどき追いかけあって走ることはありますが、いつもの印象では、好きなときにえさを食べ、一日の三分の二は寝ている極楽とんぼです。小さいころはもっと活発でしたが、今では私がひもなどで挑発しなければ、自分からじゃれついてくることも少なくなりました。
 しかし、猫にはあるじに見せる顔と、もう一つ別な秘密の顔があるような気がします。家具の下から発見される物たちから推察するに、なすびととまとは、私が日中仕事で家を空けているときとか夜半熟睡しているときなどに、こうした小物を転がしたり蹴飛ばしたりしてサッカーのように遊んでいるにちがいありません。そして、勢い余って家具のすき間に入れてしまってお手上げになったものがこのように溜まっていったのでしょう。
 ときには、消しゴムやボールペンのキャップ、携帯電話のストラップなど、いつの間にか姿を消して「おかしいなあ、どこへ行っちゃったんだろう」と、しばらく探していたものなどが混じっていることもあります。
「こんなところへ隠しやがったな。それでいて、いままで何食わぬ顔をしてえさをねだっていたとは不届き千万」動物にこんなことを言っても詮無いこととわかってはいても、やはりそんな気持ちになってしまいます。
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 このように、私の知らないうちにいつのまにか視界から物が忽然と消え失せることを、我が家では神隠しならぬ「猫隠し」と呼んでいます。実は、これまで家具や長椅子の下から発見された物以外に、まだ行方不明のものがいくつかあるのです。しかも、そういうものに限ってお気に入りのカフスボタンの片一方だったり、旅行かばんのサイドポケットの鍵だったり、まだ中身の残っているコロンのふたなど、代用品のないものばかり。私は、こいつらがいたずらしたことを裏付ける証拠もつかんでいるのです。しかし、猫たちに訊ねても、どこ吹く風といった顔。調度品の下のすき間はもうほとんど捜索しましたが、猫隠しに遭ったものは結局発見されず、もはや迷宮入り寸前です。
 今もストーブの前で二匹団子のように丸まって、ぐっすり眠っているなすびととまと。
「なあ、お前らよ。あれはどこに隠したんだい」小声でたずねると
「そうですねえ、きっと異次元空間をあちこち流転しているのかもしれませんよ」
 兄貴分のなすびが、目は開けずけだるそうに尻尾をぱたぱたと二度振って、そんな風に応えたように見えました。
 
 オホーツク新聞「風まかせ」